日本塗装交流会 JAPEA in茨城県つくば市 2/19(日)
2012年2月20日(月)
2012年2月20日(月)
初茨城県です。
茨城と言えば「納豆」でしょう! っていうかそれしかないの?
何かあるだろうと昼つくば着に向け早朝7時に会社を出ました。
日本塗装交流会とは今から12年前全国の塗装屋さんの交流・勉強を目的として「さいたま市の原島信一氏」が中心となって発足した会です。
私は発足より3年目か4年目(うろ覚え・・・)から加盟させて頂いております。
メンバーさん達皆お人柄が良い方ばかりで本当に居心地が良いなくてはならない会です。
今回もおなじみのメンバー+新メンバーの近況発表、今後の活動指針、副資材メーカーからの新製品説明など盛りだくさんの内容となりました。
そんな中、今回東日本震災において町もろとも流され多くの方々が無くなった陸前高田市の中野塗装様(勿論メンバーさん)が近況またその当日の状況をご説明にお越し下さいました。
説明では中野さんがたまたま携帯していたというデジカメで撮られた約30分くらいにの間に起こった悪夢のような出来事を詳細にご説明して頂きました。
画像では建物をなぎ倒す様子や、命からがら坂の上までたどり着いた方、本当に自然の猛威に人はなすすべが無いと改めて思うものばかりでした。
多くの方が亡くなられた理由の1つは津波警報に慣れてしまって、避難が遅れたと言う事が大きいかったとも言って見えました。
中野さん本人も実は高台には避難の為に上ったのではなく、地震後遠くの海の様子が気になって上ったという位で、「命からがら」という感じでは無かったそうです。
今生きている事が「偶然」という感覚があると言われてました。
何が命運を分けるか本当にわかりません。正直この話には背筋が凍り付く感覚がありました。
その後中野さんは自宅が高台に合ったことで、津波に被害は無い事から、ご自宅を開放され多くの住民の方々の居場所を確保し、今なお復興に向け尽力を尽くされているとの事です。
本当にすばらしいと思いました。
がんばって下さい。